日本メノナイト白石キリスト教会

聖書からのメッセージをお届けします。

月報2018年5月

「主を待ち望む者は」

 

川 﨑 憲 久 

 「あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」

 

イザヤ書40章28〜31節

 

 白石教会は、2018年度、新しい一歩を踏み出しました。それは新しく牧師を招聘したことです。それは教会の宣教を推し進めるために、教会の牧会をきちんと整えていくことにその理由があると思います。

 私はそのような白石教会の献身に、私自身も応えていこう、いや共に仕えていこうと、主の御心であると決断して、4月1日のイースター礼拝の中で行なわれた就任式に臨みました。

 このように新しい歩みが始まった白石教会、そして牧師としての私自身ですが、その新しさはいったいどこにあるのか。いったい何をもって新しいものとされていくのか。そのことをきちんと整理しないと、本当の意味で新しい歩みはできません。

 たとえば、お金に余裕があるから新しいことを始めるという理由はどうでしょう。お金があるから安心して物事を進められる。その理屈は当然のことかも知れません。しかし、そこに信仰はあるのでしょうか。私たちにはお金ではなく、まず全知全能の神様がおられるから、そのお方への信頼のゆえに進むことが求められているのではないでしょうか。

 また若さはどうでしょうか。若いから何でもできる。それもある意味では正しいかも知れません。しかし、その若さはいつまでも続くわけではありません。いつかは皆、年を取り、身体にも弱さを覚えていくものです。しかも、お金と同じようになくなれば希望もいっしょに失うという大きな弱点を持っています。

 聖書は言います。「若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまづき倒れる」と。若さもお金もなくなるもの。また限界があるものです。しかし、主から力をいただくなら、その力はお金の有無、若さの有無によって左右されるものではありません。

確かに私たちは、この時代、この世界、この人間社会の中で疲れ、たゆみ、躓き、倒れます。しかし、すべて生きる力、新しいいのちを与えてくださるのは主です。今私たちが置かれているところから、永遠の神、創造者である主に信頼し、主を待ち望むなら、たとえお金が不足していても、たとえ若くなくても、必要な力、精力さえも神によって備えられるのです。

私たちが待ち望むものは、自分自身のうちにある能力ではなく、神が与えてくださる聖霊の助けです。その聖霊の力によって、私たちは、鷲が上昇気流に乗り、翼を広げて、舞い上がるように、私たちも、神の風(聖霊)に身を任せて、この世にあっても本当の生きる力を得ることができるからです。そのとき、その能力さえも主からの賜物として感謝できるのです。

ですから私たちが信じている主イエスの十字架と復活のゆえに、この聖霊によって、その上昇気流に私たちも乗せていただいて、翼をかって昇っていきたいと思います。
「走ってもたゆまず、歩いても疲れない」その聖霊によって、私たちは新しい歩みを、走るばかりでなく、ゆっくりとした歩みこそ大切にして、だれも欠けることなく御国を目指して歩ませていただきましょう。