日本メノナイト白石キリスト教会

聖書からのメッセージをお届けします。

「私たちが義とされる」

「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」コリント人への手紙第二5:21

 

   聖書には「義人はいない。一人もいない。」と書かれています。聖書によると、この世界に正しい人はだれもいないのです。それでも、正しいことをしようと思うし、やってみる。でも、正しいことをしたという優越感や、他と比較して高慢になったり、見下したりしてしまうものです。必ず罪がつきまとうのです。

   私たちが、「正しいこと」と言うとき、それは罪を前提にしているからです。神が、この世界をお造りになったとき、すべては「良かった」と神が証言しています。それは、良いこと、正しいことが当たり前の世界です。しかし、そこにアダムとエバによって罪が入りました。その時から、良いこと、正しいこと、つまり「義」が特別なことになってしまったのです。それは、義なる神から離れてしまった、悲しい人間の現実です。しかし、神はご自分がお造りになった人間を捨て去ることはなさらず、もう一度、ご自分に近くなるように回復の道をお造りになったのです。それが、イエス・キリストによる救いです。神は、罪を全く知らないイエスを、身代わりの小羊として、私たちのためにほふられました。

   私たちの罪をすべて、その小羊に負わせてです。だから罪を悔い改めて、その事実を、自分のためであったと受け入れることによって、罪しか知らなかった私たちが神の義をいただくという途方もない出来事が現実のものとなったのです。この神の救いをあなたは受け入れますか。どうか、あなたが神の義を纏うためになされたキリストの犠牲を無駄にせず、そのまま受け入れることをお勧めします。