日本メノナイト白石キリスト教会

聖書からのメッセージをお届けします。

「蒔かれ耕される恵み」マルコ4章1〜20節

"「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出かけた。蒔いていると、ある種が道端に落ちた。すると、鳥が来て食べてしまった。"
マルコの福音書 4章3~4節  聖書 新改訳2017

 

  種蒔く人が種蒔きに出かけました。ところが、種は種蒔く人の種入れからこぼれ、それぞれ道ばた、岩地、いばら、良い地に落ちました。このたとえ話で、種は「落ちた」と、いずれも種蒔く人の予定のなかった場所に落ちてしまったかのような表現です。つまり、私たちに与えられた福音は、あくまで神からの一方的な恵みであって、私たちの努力や功績で得られるものではないことを言っているのでしょう。本来、受けるに価しない者が受けることを恵みと言うからです。

  しかし、このあとのイエスの解説では、落ちていたはずの種が、実は「蒔かれた」(15,16,18,20)となっているのです。それは、主はあえて、荒れ地のような私たちに福音の種をご意志を持って、蒔いてくださっていたと言うことです。だから、私たちはそのみことばの種が育つように、耕し、土を入れ、肥料と水をやって、整備する(その恵みに応える)必要があるのです。

  しかし、私たちにはその力がありません。なぜなら、荒れ地だからです。ところが、神はその中で良い地になるように、私たちに教会を与えてくださったのです。神は教会によって、荒れ地である私たちが良い地になるように、教会の牧師をはじめ、多くのクリスチャンたちを備えてくださいました。その人たちは、もともと荒地でしたが、神によって、種蒔く人とされ、畑を耕す人とされ、種を育てる人とされた人たちだからです。

  どうか、あなたも神様のみことばを聞いたなら、ぜひ教会に通い続けてください。あなたがどんなに道ばたでも、どんな岩地でも、どんなにいばらに塞がれていても、神様が良い地に変えてくださるのです。

 

"良い地に蒔かれたものとは、みことばを聞いて受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちのことです。」"
マルコの福音書 4章20節  聖書 新改訳2017