日本メノナイト 白石キリスト教会

聖書からのメッセージをお届けします。

「神の民に敵対する勢力」

「おれと勝負して勝ち、おれを打ち殺すなら、おれたちはおまえらの奴隷となる。もし、おれが勝って、そいつを殺せば、おまえらがおれたちの奴隷となり、おれたちに仕えるのだ。」サムエル記第一17:9

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  ベニヤミン族のサウルを王としたイスラエル王国は、宿敵ペリシテ人とユダのソコという場所で戦うことになりました。イスラエルが王様を選んだのは、外国のように戦いの先頭に立って戦いに勝利を呼び込むカリスマ性のあるリーダーがほしかったからです。

  ところが、彼らはペリシテ軍の戦士ゴリヤテの前に「意気消沈し、非常に恐れていた」と聖書は記しています。それは、このゴリヤテは大男で身長が約3m、鎧の重さが60kgもあり、その迫力と腕力に立ち向かう勇者がイスラエル軍には見当たらなかったのです。ですから、このゴリヤテの言葉のように、勝負をする前からすでに奴隷となってしまったようでした。
   新しい王様を立てて、始まったばかりのイスラエル王国でしたが、早くも大きな試練にぶち当たったのです。
  このイスラエルとペリシテの戦いは戦争賛美をしているのではなく、信仰者の信仰の戦いを表わしています。どんな人も、唯一真の神様を信じ、イエス・キリストによる救いを得ようとするとき、ほとんどの人が信仰の戦いを経験します。それは、神様に敵対する勢力である悪魔が、一人でも多くの人間を地獄の火の中に道ずれにするためです。

   もし、このときのイスラエル軍のように、戦う前から目に見える現実に恐れ意気消沈しているなら、その戦いで勝利を得ることは困難でしょう。しかし、神の民だからと言って楽観的になっていても勝利はありません。それはどちらにも信仰が欠けているからです。大切なのは、神様の力に信頼して、敵の力もよく知った上で、戦いに臨むことです。

   このあとイスラエル軍は、サウル王によってではなく、羊飼いで、しかもサウル王のために竪琴を奏でる役目の少年によって勝利をおさめます。それは、勝利をもたらしたのは人ではなく神であることをイスラエルが学ぶこととなりました。

  あなたも、もし神を信じているがゆえに何かの困難にぶち当たっているなら、まず神にすべてをお任せする祈りをしましょう。そして、自分の力による戦いでの敗北を受け入れて、神に従うことの勝利を信じて立ち上がりましょう。      

   その立ち上がりにとって必要なことはみことばです。聖書の言葉です。ここで、これまで学んできた聖書の言葉があなたの武器となって、あなたを信仰の戦いから篩にかけて落そうとする悪魔に立ち向かうことができるのです。


「終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。」エペソ6:11~17