日本メノナイト 白石キリスト教会

聖書からのメッセージをお届けします。

「ベニヤミン族はユダ族とヨセフ族の間に」

ヨシュア記  18章
1,イスラエルの子らの全会衆はシロに集まり、そこに会見の天幕を建てた。この地は彼らに服していたが、
2,イスラエルの子らの中に、相続地を割り当てられていない七部族が残っていた。
3,ヨシュアイスラエルの子らに言った。「あなたがたの父祖の神、主があなたがたに与えられた地を占領しに行くのを、あなたがたはいつまで延ばしているのか。
4,部族ごとに三人の者を出しなさい。私は彼らを送り出そう。彼らが立ち上がってその地を行き巡り、自分たちの相続地にしたがってその地について書き記し、私のところに戻って来るためである。
5,彼ら自身でそれを七つの割り当て地に分割しなさい。ユダは南にある自分の地域にとどまり、ヨセフの家は北にある自分の地域にとどまる。
6,あなたがたはその地の七つの割り当て地を書き記し、私のところに持って来なさい。私はここで、私たちの神、主の前で、あなたがたのためにくじを引こう。
7,しかし、レビ人はあなたがたの間に割り当て地を持たない。主の祭司として仕えることが彼らへのゆずりだからである。ガドとルベンと、マナセの半部族は、ヨルダンの川向こう、東の方で自分たちの相続地を受けている。主のしもべモーセが彼らに与えたものである。」
8,その人たちは立って出て行った。その際ヨシュアは、その地について書き記すために出て行く者たちに命じた。「さあ、あなたがたはその地を行き巡り、その地について書き記し、私のところに帰って来なさい。ここシロで、主の前で、私はあなたがたのためにくじを引こう。」
9,その人たちは行って、その地を巡り、それぞれの町を七つの割り当て地に分けて書物に書き記し、シロの宿営にいるヨシュアのもとに来た。
10,ヨシュアはシロで、すなわち主の前で、彼らのためにくじを引いた。ヨシュアはそこで、彼らへの割り当てにしたがって、その地をイスラエルの子らに分割した。
11,ベニヤミン部族の諸氏族のくじが引かれた。くじで当たった彼らの地域はユダ族とヨセフ族の間にあった。
12,北側の境界線はヨルダン川から始まる。その境界線はエリコの北の傾斜地に上り、西の方へ山地を上る。その終わりはベテ・アベンの荒野である。
13,さらに境界線はそこからルズに向かい、ルズの南の傾斜地を過ぎる。ルズはベテルである。それから境界線は、下ベテ・ホロンの南にある山の近くのアテロテ・アダルを下る。
14,さらに境界線は折れ、西側を、ベテ・ホロンの南向かいの山から南へ回る。その終わりはユダ族の町キルヤテ・バアル、すなわちキルヤテ・エアリムである。これが西側である。
15,南側はキルヤテ・エアリムの外れを起点とする。その境界線は西に出て、メ・ネフトアハの泉に出る。
16,さらに境界線は、レファイムの谷間にあるベン・ヒノムの谷を北から見下ろす山の外れへ下り、ヒノムの谷をエブスの南の傾斜地に下り、エン・ロゲルを下り、
17,北の方に折れ、エン・シェメシュに出て、アドミムの坂の反対側にあるゲリロテに出て、ルベンの子ボハンの石に下り、
18,アラバに面する傾斜地を北へ進み、アラバに下る。
19,そして境界線はベテ・ホグラの傾斜地を北へ進む。境界線の終わりは塩の海の北の入江、ヨルダン川の南端である。これが南の境界である。
20,ヨルダン川が東側の境界線である。これがベニヤミン族の諸氏族の相続地であり、その周囲の境界線である。
21,ベニヤミン部族の諸氏族の町々はエリコ、ベテ・ホグラ、エメク・ケツィツ、
22,ベテ・ハ・アラバ、ツェマライム、ベテル、
23,アビム、パラ、オフラ、
24,ケファル・ハ・アンモニ、オフニ、ゲバ。十二の町とその村々。
25,ギブオン、ラマ、ベエロテ、
26,ミツパ、ケフィラ、モツァ、
27,レケム、イルペエル、タルアラ、
28,ツェラ、エレフ、エブスすなわちエルサレム、ギブア、キルヤテ。十四の町とその村々。これがベニヤミン族の諸氏族の相続地である。

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1. レビは祭司として仕える

  この章から、まだ割り当て地が決まっていない残りの七部族の割り当てについて述べられています。

  この7節でまた「レビ人はあなたがたの間に割り当て地を持たない。主の祭司として仕えることが彼らへのゆずりだからである」と言われており、レビ族は特別に祭司として仕えるものであることが繰り返されています。

  この繰り返しは偶然ではなく、やはり強調していると考えられます。

  当時、割り当て地が与えられないということは、大きな問題であったでしょう。しかし、神の祭司として、礼拝における重要な役割を果たす責任が与えられたことは、もし神を心から信じているなら、最も光栄な働きに感謝が溢れるはずです。

  現代においても牧師や宣教師になる人は、目先の豊かさや財産よりも、教会に仕え、礼拝の奉仕や様々な主の群れの業のために、汗を流すことを喜びとしなければ、続かないでしょう。

  その分、いつでも礼拝堂で一人で祈ることも賛美することも、大声で聖書を読むこともできるのです。もちろん、主を思いながらぼーっとすることも、大変豊かな時間となります。

  レビ族も、そういう意味では他の部族に負けない光栄な立場に置かれたのです。モーセもアロンもレビ族でした。まさに、霊的なリーダーシップをとる責任のある重要な立場なのです。

  私たちクリスチャンに置き換えるなら、私たちも主から与えられた幸いな立場を軽んじることなく、この罪の世にあって、この世から取り出された存在だと言えます。特にこの日本では常に少数派です。だからこそ、この世に主を礼拝する素晴らしさを伝え続けなければならないのです。

 

2. ベニヤミン族の割り当て

  ベニヤミン族はイスラエル十二部族の中でも最も小さな部族でした。そもそも、ベニヤミン族の父祖ベニヤミンはヤコブの12人の息子のうち、一番下の弟でした。

  そのベニヤミン族が割り当てられた地は、何とヨセフ族の中にあるエフライム族とユダ族の間にある場所だったのです。

これで前回ユダ族の割り当ての箇所のとき、エブス人との関係の中で、ユダ族がエブス人を追い払わなかったと書いてあるのに、士師記ではベニヤミンが追い払わなかったとになっている意味が分かってきます。

  さて、このベニヤミン族が割り当てられた土地は、二つの突出した部族であるエフライムとユダの間であったというところが、注目させられます。

  最も小さな部族が、二つの大きな部族に挟まれてどのように生きていくのか。しかも、ベニヤミンの割り当て地には、イスラエル民族にとって重要な町が沢山あります。

  先ほども触れたエブスはエルサレムのことであり、その他にもベテルやエリコ、シロなども歴史的にも宗教的にも大切な町です。

  つまり、他のに部族にも大きく関係してきますから、その狭間でバランスを取ることはきわめて難しいことです。

  私たちも、このような立場に置かれることがあります。大きな勢力の間で、自分はどっちにつくのか。それとも中立であり続けるのか。いつもそのような選択に迫られて生きています。

  特に人生で大きな選択は、神につくかこの世につくかという選択ではないでしょうか。

  私たちは、この世に生まれこの世に生かされています。だから、この世に合わせた方が楽かも知れません。しかし、よく注意して、今だけが良ければ良いとか、刹那的な見方をしているのであれば、もっと将来のことを考えて選択することが大切です。聖書の他の箇所にこんな言葉があります。

"神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることができない。"
伝道者の書 3章11節

  私たちの心には永遠が与えられていると言われています。だから、もっとこれからどうなるのか、関心をもって何が大切なのかを考える必要があるのです。しかし、私たちの知力や能力には限界があり、神のわざ全てを見極められないのです。

  だからこそ、私たちを造られた神に帰らねばならないのです。神に信頼して委ねるなら、あなたの歩みは確かにされます。

 

3. この世の弱い者を選ばれた

  ベニヤミンは、このあと何とイスラエル王国最初の王としてサウルを立てます。その後失脚しましたが、最終的にはユダ族とともに生きながらえるのでした。ユダ族はすなわちダビデの部族であり、将来的にメシアであるイエスを生み出す部族です。その中にベニヤミンも加わって、その恵みに与るものとされたということです。

   しかし、その歩み自体は決して褒められるものではありませんでした。サウルは主に逆らい、王座から降ろされた人です。その子のイシュボシェテは反乱を起こして死にました。ではどのように残ったのか。それは、サウルの子ヨナタンのゆえにダビデの食卓に招き入れられたメフィ・ボシェテの存在ではないでしょうか。

  彼も本来ならサウルの家系の人物として死ななければならない人物でした。しかし、ダビデの親友であるヨナタンのゆえに、彼は生かされたのです。ここに、ベニヤミン族に対する神様の特別な守りがあったことを知ることができます。また、そのずっと後に、教会を迫害していたにも関わらず、復活のキリストに会い、使徒として召されたのがベニヤミン人パウロです。

 

   私たちも本来ならば、その罪のゆえに滅ぼされても仕方のないものです。しかし、神は御子イエス・キリストのゆえに私たちを神の国の食卓に招き入れてくださって、こうして永遠のいのちまで与えられているのです。

   あなたもこの神の恵みに招かれています。どうか、今、あなたの心にキリストをお迎えして、ベニヤミンがそうだったように、将来を視野に入れた神の祝福の人生を歩んでいただきたいと思います。

 

"しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。
コリント人への手紙 第一 1章27節
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