日本メノナイト白石キリスト教会

聖書からのメッセージをお届けします。

「ろばの子にのって」マルコ11章1〜11節

f:id:kinokunizaka66:20180810210753j:image

 

マルコの福音書 11章1〜11節


1,さて、一行がエルサレムに近づき、オリーブ山のふもとのベテパゲとベタニアに来たとき、イエスはこう言って二人の弟子を遣わされた。
2,「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ろばが、つながれているのに気がつくでしょう。それをほどいて、引いて来なさい。
3,もしだれかが、『なぜそんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐに、またここにお返しします』と言いなさい。」
4,弟子たちは出かけて行き、表通りにある家の戸口に、子ろばがつながれているのを見つけたので、それをほどいた。
5,すると、そこに立っていた何人かが言った。「子ろばをほどいたりして、どうするのか。」
6,弟子たちが、イエスの言われたとおりに話すと、彼らは許してくれた。
7,それで、子ろばをイエスのところに引いて行き、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。
8,すると、多くの人たちが自分たちの上着を道に敷き、ほかの人たちは葉の付いた枝を野から切って来て敷いた。
9,そして、前を行く人たちも、後に続く人たちも叫んだ。「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。
10,祝福あれ、われらの父ダビデの、来たるべき国に。ホサナ、いと高き所に。」
11,こうしてイエスエルサレムに着き、宮に入られた。そして、すべてを見て回った後、すでに夕方になっていたので、十二人と一緒にベタニアに出て行かれた。

 

 私たちは、どういうリーダーを求めるでしょうか。今日、日本では自由民主党の総裁選のため、石破氏が立候補を表明しましたが、この総裁選での勝利者が総理大臣になると思われます。私は自民党関係者ではないので総理大臣になる人を選ぶ権利がありませんが、理想を語ることはできます。みなさんは、どんなリーダーを期待しているでしょうか。

 

"9娘シオンよ、大いに喜べ。娘エルサレムよ、喜び叫べ。見よ、あなたの王があなたのところに来る。義なる者で、勝利を得、柔和な者で、ろばに乗って。雌ろばの子である、ろばに乗って。
10わたしは戦車をエフライムから、軍馬をエルサレムから絶えさせる。戦いの弓も絶たれる。彼は諸国の民に平和を告げ、その支配は海から海へ、大河から地の果てに至る。"
ゼカリヤ書 9章9~10節

  この旧約聖書のことばは、今日の聖書箇所の預言と言われるところです。旧約聖書で言うメシア(油注がれた者:イスラエルの支配者)=救い主は、他国のような軍馬に乗ってくるのではなくろばの子に乗ると言われています。しかも戦車や軍馬を絶やさせ、戦いの弓も絶やして、諸国に平和を告げるというのです。

  現代の私たちの世界でも、強い軍隊、強力な兵器を持ち、戦争に強い国が支配者になるという図式がありますが、それは太古の昔から変わりません。ですから、核兵器を持つことは必要悪としている国が、なかなか核兵器を手放さず、その傘下にある国も、その保持を否定しません。

  世界で唯一の被爆国である日本も、国連が唱える核兵器禁止条約を批准しようとしないのは、アメリカの傘下にあることを良しとしている証拠であり、核兵器保有国と非核兵器国の間を取り持つなどという理由には、何の説得力もありません。

  さて、真のメシア、真の支配者として来られたキリストはどんなお方でしょうか。

  それは、軍馬に乗らずにろばに乗ってきたということが現実に起こりました。この預言の言葉どおり、イエスはろばに乗ってエルサレムに入城したのです。しかも、そのろばは子ろばでした。現代では言うなら、大統領がエアフォーワンに乗らずに、トラクターに乗っているようなものです。

  それは戦争をする意思のないことを表しています。その新しい姿の王は、エルサレムの多くの人たちに迎え入れられて、彼こそ、ロバに乗ってはいますがローマ帝国を倒して、イスラエルを独立させる支配者だと思われていました。

  しかし、イエスはその数日後に、弟子たちに持たせた二ふりの剣(ルカ22:38)も使おうとはせず、むしろ捨てさせて(マタイ26:52)、ユダヤ人指導者たちの訴えに身を任せ、判決を下す総督ピラトにも立ち向かわずに、そのまま処刑されたのです。その判決を後押ししたのは間違いなく、ロバの子に乗ったイエスを大歓迎した人たちでした。

  つまり、戦力を持たずに、人間的な力強さではない、かえって弱さの中に生きられた、その姿こそ真のメシアであることを身をもって示されたのです。

  ろばの子に乗って入城する。それは預言の成就であると同時に、真のメシア、真の支配者の姿だったのです。キリストの歩みは、人類の罪と滅びからの贖いの歩みであり、同時に真の人間として何が重要か、何が為政者にとって必要な態度かを示された歩みでした。

  それは、国を動かす人ばかりでなく、様々な立場で人の上に立つ責任を持っている人ほど、むしろ仕える者の姿を示してもいます。ベンツに乗るのか、カローラに乗るのかという話ではありません。その内側が問われているのです。

  また今日の箇所では、弟子たちがロバを借りる場面が出てきます。周囲の人たちは、ロバを借りようとする弟子たちに、やはり不信感を持ちました。しかし、彼らはイエスが言う通りのことを、そのまま行って、その場をうまく切り抜けて、ろばの子を貸してもらうことができたのです。

  私たちも、この主のことばに誠実に従う者でありたいです。真のメシアであるイエスのことばに聞くものこそ、平和を築く者として招かれています。真の救い主は、ともに神の国を築く仲間を招いています。それは、イエスと同じように、武力ではなく神のことばを武器とする人たちの集まりです。

  あなたも、神に招かれています。真のメシアであるイエスを心にお迎えして、罪からきよめていただき、新しい神の国の国民として、主のことばに信頼して歩んで参りましょう。この主イエス・キリストはもう一度来られると聖書で預言されています。そのときこそ、完成した真の平和の国である神の国の到来です。

  その神の国の国民としてあなたは招かれているのです。

 

"わたしの父の家には住む所がたくさんあります。そうでなかったら、あなたがたのために場所を用意しに行く、と言ったでしょうか。
わたしが行って、あなたがたに場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしがいるところに、あなたがたもいるようにするためです。"
ヨハネ福音書 14章2~3節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会