日本メノナイト白石キリスト教会

聖書からのメッセージをお届けします。

◎受難節 第32日 木曜日

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●サムエル記 第一 9章21節

"サウルは答えて言った。「私はベニヤミン人で、イスラエルの最も小さい部族の出ではありませんか。私の家族は、ベニヤミンの部族のどの家族よりも、取るに足りないものではありませんか。どうしてこのようなことを私に言われるのですか。」"

神の人、さばきつかさ、予見者であるサムエルは、主の言われるとおりにキシュの子サウルに声をかけました。それは、イスラエルの王としての選びでした。

その選びに対するサウルの答えが、この言葉だったのです。

 

サウルはへりくだって、自らを「取るに足らないもの」と言いました。

聖書において神に選ばれる者は、みな自らを小さな者、役に立たない者であると言います。

あのモーセもギデオンも、またエレミヤも、神の働きに自分自身の至らなさを自覚していました。

 

使徒パウロもこう言います。

"そして最後に、月足らずで生まれた者のような私にも現れてくださいました。
私は使徒の中では最も小さい者であり、神の教会を迫害したのですから、使徒と呼ばれるに値しない者です。"
コリント人への手紙 第一 15章8~9節


 神はへりくだる者と共におられる方であり、へりくだる者を用いるお方です。それはどうしてでしょうか。

 

"しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。
有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。"
コリント人への手紙 第一 1章27~28節


神の選びは完全です。神の判断は完璧です。神はこの世を支配して神の国をもたらすために、この世に御子を送られました。その御子によって、この世を救い、真の神の支配を確立するからです。

その方法は、私たち人間にはとても思いつかないものでした。なぜなら、強い軍隊によって強権的につくり変えるのではなく、御子を被造物である人間としてあえて貧しい家に生まれさせ、ナザレという蔑まれた町の出身とし、十字架の死にまで従わせ、その御子の死を通して、この世を贖うことでこの世を取り戻されるのです。

 

そこに神の知恵があるのです。神は宣教のことばの愚かさを通して、私たち人間に救いをもたらされたのです。神のこの贖いの業こそ神の知恵、十字架のことばなのです。

 

主はその十字架への道を、ただひたすら歩まれました。その御顔をエルサレムに向けて。

"さて、天に上げられる日が近づいて来たころのことであった。イエスは御顔をエルサレムに向け、毅然として進んで行かれた。"
ルカの福音書 9章51節

今度の日曜日は、棕櫚の聖日です。

まさにエルサレム入城を果たした日であり受難週の始まりとなります。いよいよ十字架の道が迫るこの日々に、私たちも思いを重ね、このような取るに足らないもののために主が苦しみの道を通られたことを覚えたいと思うのです。

 

【祈り】

全能の神よ、
弱さのうちに倒れてしまう私たちを顧み、ひとり子の受難の力によって、強め、立ち上がらせてください。

あなたに希望をおく民の信仰を強め、祈りを聞き入れてください。
枝を振りかざして、勝利の王、キリストを迎える私たちが、キリストのうちに良い実りを結び、あなたに捧げることができますように。
聖霊の交わりの中であなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、私たちの主、イエス・キリストの御名によって。

アーメン。