日本メノナイト 白石キリスト教会

聖書からのメッセージをお届けします。

●黙想:「天の御国の価値」: マタイの福音書 13章44~46節

"44 天の御国は畑に隠された宝のようなものです。その宝を見つけた人は、それをそのまま隠しておきます。そして喜びのあまり、行って、持っている物すべてを売り払い、その畑を買います。
45 天の御国はまた、良い真珠を探している商人のようなものです。
46 高価な真珠を一つ見つけた商人は、行って、持っていた物すべてを売り払い、それを買います。"


  「天の御国は◯◯のようなものです」というフレーズを、主イエス様はよくお使いになります。今日のみことばもこれまでのたとえと同じように、天の御国について語られています。そして、今日のたとえのポイントは、天の御国の価値についてです。

  イエス様は、同じマタイの福音書の中で、私たちの価値観と私たちの心についてこのように言われました。

 

"あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです。"
マタイの福音書 6章21節


  私たちの心というものは、私たちの宝。つまり価値を置いているものに向けられているものだという意味です。心を置いているというのは、心がその価値によって支配されているということです。

  私が子どもの頃、プラモデルが好きで、特に戦車のプラモデルを、いつもどのように作るかを色々と考えていました。色を塗ることや、ディオラマにする時の場面設定などをいつも思い巡らしていました。ただ、それをプラモデルを作るときだけなら良いのですが、学校の授業のときも先生のお話も上の空で、頭の中がそのことだけになっていたことを、昨日のことのように思い出します。

  きっと、皆さんも同じような経験があるのではないでしょうか。

  今日のたとえ話でも、宝を見つけた人は自分の全財産を費やしても、その宝を埋めてある畑を買うほどだというのです。つまり畑に埋めてある宝が大切なのですが、その宝の入れ物にも価値を置くほど、その宝への執着心を表していると思います。

  またイエス様は、天の御国は真珠を探している商人のようだとおっしゃいました。先ほどは「宝」だと言われたのに、今度は「真珠」かと思いきや、その真珠を探している商人のようだと言うのです。それはどういうことでしょう。

  それは、そのように真珠に価値を置いて、なりふり構わず手に入れようとする姿勢自体にこそ価値がある。それが天の御国だとイエス様は言われるのです。

  それは、その宝ものを入れる入れ物であるあなた自身が、本物の宝に対して、比較級の価値ではなく、最上級の価値であるなら、そのあなた自身が宝物の価値と等しくなるからです。

  パウロはこういっています。

 

"私たちは、この宝を土の器の中に入れています。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかになるためです。"コリント人への手紙 第二 4章7節

  この宝とはイエス様のことです。そして、土の器とは、そのイエス様を信じて心に受け入れる私たちのことです。たとえ単なる土でできた器だとしても、その器に本物の宝を入れるなら、その宝の価値で、土の器さえも価値あるものにされるのです。

 

"大きな家には、金や銀の器だけでなく、木や土の器もあります。ある物は尊いことに、ある物は卑しいことに用いられます。
ですから、だれでもこれらのことから離れて自分自身をきよめるなら、その人は尊いことに用いられる器となります。すなわち、聖なるものとされ、主人にとって役に立つもの、あらゆる良い働きに備えられたものとなるのです。"
テモテへの手紙 第二 2章20~21節


  また、イエス様は、このように言われています。

 

"『見よ、ここだ』とか、『あそこだ』とか言えるようなものではありません。見なさい。神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」"ルカの福音書 17章21節

  今日、イエス様はあなたの心の中に宝として臨んでおられます。そのイエス様をあなたの宝、あなたの救い主として受け入れるなら、その救い主こそ、なくてはならないお方であると求めるなら、そのあなた自身が天の御国です。神の支配です。神の王国、神の宮となるのです。

  なぜイエス様が私たちにとって、全てをささげても価値あるお方なのか。それはイエス様がらまず全てを捨ててまでも私たちを救うために、天の御国から降りてこられ、現にそのいのちを捨てて、私たちを愛してくださったからです。

 

"まして、キリストが傷のないご自分を、とこしえの御霊によって神にお献げになったその血は、どれだけ私たちの良心をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者にすることでしょうか。"ヘブル人への手紙 9章14節

  全てを捨ててまでも手に入れようとする商人のように、私たちも真の真珠であるイエス様を探し、手に入れ、心の中にお迎えしたいと思います。

 

"あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから、自分のからだをもって神の栄光を現しなさい。"
コリント人への手紙 第一 6章19~20節