ヨブ記38章1~3節
「1 主は嵐の中からヨブに答えられた。
2 知識もなしに言い分を述べて、 摂理を暗くするこの者はだれか。
3 さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。 わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。」
ヨブが垣間見せられたのは神の驚くべき御業でした。しかし主イエスによる神の救いの摂理は、さらに驚くべきものでした。主イエスが立っておられ、その横にピラトがバラバを立たせます。バラバかイエスか。どちらを十字架につけるのか。
バラバは暴動の首謀者であり、熱心党のような独立運動を行うリーダーのような存在だと考えられます。自分の力で、正義のためならば暴力を行使しても実行するという人々の代表と言えます。逆に主イエスは神の義のために非暴力によって、一見暴力に屈するような方法で真の自由を実現するメシアです。
またバラバという名は「父の子」という意味ですが、主イエスも「父なる神の子」でした。
バラバか。イエスか。反抗するか犠牲になるか。独立運動によって社会を変えるか、十字架にかけられ殺されて神の国をもたらすか。力づくか、十字架を忍ぶか。
主イエスは、ただひたすら敗北者のように十字架の道を歩まれ、まさに十字架を背負い磔になりました。それは、私たちの救いのためです。その敗北こそが勝利のしるしとなったのです。
●祈り
私たちの救い主なるイエスよ
私たちのために罪人の死を耐え忍んでくださったことを感謝します。
私たちが傲慢に我を忘れてしまうとき
あなたが裏切られ、鞭打たれ、公然と卑しめられたことを
思い起こさせてください。
私たちが憤りに満たされているとき
あなたが「父よ、おゆるしください」と祈られたことを
思い出させてください。
愛をもって憎しみに打ち勝たれたあなたの道を示し
あなたを見つめ続ける者としてください。
今も、そしてこれからも、いつまでも。