日本メノナイト 白石キリスト教会

おもに聖書からのメッセージをお届けします。

みことばにしたがって

歴代誌 第一 15章


1,ダビデは、ダビデの町に自分のために家を造り、また神の箱のために場所を定め、そのために天幕を張った。
2,そのとき、ダビデは言った。「レビ人でなければ、神の箱を担いではならない。主は、主の箱を担がせ、とこしえまでもご自分に仕えさせようと、彼らを選ばれたからである。」


3,ダビデは全イスラエルエルサレムに呼び集め、主の箱を、定めておいた場所へ運び上げようとした。
4,ダビデはアロンの子らとレビ人を集めた。
5,ケハテ族から、その長ウリエルと、彼の同族の者百二十人。
6,メラリ族から、その長アサヤと、彼の同族の者二百二十人。
7,ゲルショム族から、その長ヨエルと、彼の同族の者百三十人。
8,エリツァファン族から、その長シェマヤと、彼の同族の者二百人。
9,ヘブロン族から、その長エリエルと、彼の同族の者八十人。
10,ウジエル族から、その長アミナダブと、彼の同族の者百二十人。


11,ダビデは祭司ツァドクとエブヤタル、それにレビ人のウリエルとアサヤ、ヨエルとシェマヤ、エリエル、アミナダブを呼び寄せて、
12,こう言った。「あなたがたはレビ人の各家系のかしらである。あなたがたと同族の者たちは身を聖別し、イスラエルの神、主の箱を、私が定めておいた場所へ運び上げなさい。
13,最初の時には、あなたがたがいなかったため、私たちの神、主は私たちに怒りを発せられた。定めにしたがって、私たちが主を求めなかったからだ。」


14,そこで、祭司たちとレビ人たちは、イスラエルの神、主の箱を運び上げるために身を聖別した。
15,レビ人たちは、モーセが主のことばにしたがって命じたとおり、担い棒を肩に載せて神の箱を担いだ。
16,ダビデはレビ人の長たちに命じて、彼らの同族の者たちを歌い手として任命し、琴、竪琴、シンバルなどの楽器を手に、喜びの声をあげるようにさせた。
17,そこで、レビ人は、ヨエルの子ヘマン、彼の同族からベレクヤの子アサフ、彼らの同族メラリ族からクシャヤの子エタンを任命した。
18,また彼らとともに同族の第二の組として、ゼカリヤ、ベン、ヤアジエル、シェミラモテ、エヒエル、ウンニ、エリアブ、ベナヤ、マアセヤ、マティテヤ、エリフェレフ、ミクネヤ、門衛のオベデ・エドムとエイエルを任命した。
19,歌い手ヘマン、アサフ、エタンは、青銅のシンバルを鳴らした。
20,ゼカリヤ、アジエル、シェミラモテ、エヒエル、ウンニ、エリアブ、マアセヤ、ベナヤは、『アラモテの調べ』にのせて、琴を奏でた。
21,マティテヤ、エリフェレフ、ミクネヤ、オベデ・エドム、エイエル、アザズヤは、『第八の調べ』にのせ、竪琴に合わせて指揮した。
22,レビ人の長の一人であるケナンヤは歌唱を担当し、歌唱を導いた。彼はそれに通じていたからである。
23,ベレクヤとエルカナは箱を守る門衛であった。
24,祭司たち、すなわちシェバンヤ、ヨシャファテ、ネタンエル、アマサイ、ゼカリヤ、ベナヤ、エリエゼルは、神の箱の前でラッパを吹き鳴らす者、オベデ・エドムとエヒヤは箱を守る門衛であった。
25,こうしてダビデは、イスラエルの長老たち、千人隊の長たちとともに行って、喜びをもって主の契約の箱をオベデ・エドムの家から運び上げようとした。


26,神が主の契約の箱を担ぐレビ人を助けてくださったとき、彼らは雄牛七頭と雄羊七匹をいけにえとして献げた。
27,ダビデは上質の亜麻布の上着をまとっていた。箱を担ぐすべてのレビ人、歌い手たち、歌い手たちの歌唱の導き手ケナンヤも同様であった。ダビデは亜麻布のエポデを身に着けていた。
28,全イスラエルは歓声をあげ、角笛、ラッパ、シンバルを鳴らし、琴と竪琴を響かせて、主の契約の箱を運び上げた。

 

29,こうして、主の契約の箱はダビデの町に入った。サウルの娘ミカルは窓から見下ろしていたが、ダビデ王が飛び跳ねて喜び踊っているのを見て、心の中で彼を蔑んだ。

 

 前回ダビデは神の箱の移動で手痛いミスを犯してしまいました。それは、みことば通りにしなかったと言うことです。神の箱は、もちろん人が作った箱です。しかし神の臨済を示す証の箱でもあり、その扱いは律法として聖書に書き記されていました。

"しかしケハテ族には何も与えなかった。彼らの聖なるものに関わる奉仕は、肩に担いで運ぶことだったからである。" 民数記 7章9節

 しかし、前回はそのみことばを疎かにして自分の方法で神の箱を運んでしまいました。それは、聖別されたレビ人であるケハテ族の者に担がせるのではなく、牛車に引かせたのです。

 それによって、その牛車について歩いていたウザが、牛車が揺れて神の箱が落ちそうになったのを手で支えたことにより不敬の罪で打たれてしまいました。

 この事件の原因はそもそもダビデの判断ミスにあるのです。神のみことばをきちんと知らなかったのか、人力よりも牛車に乗せた方が厳かになると思ったのか。それは、わからないが、何にしてもみことばを疎かにしたのは確かです。

 しかし、今度は2回目になります。仕切り直して、きちんと律法に示されているとおりに、みことばの通りに神の箱を移動したのです。

 ダビデは、前回のミスを主の前に悔い改め、今度は神のみことばの通りに行った時に、彼はその心の高揚を踊るほどに表して、神を賛美しながら先頭に立って神の箱を運び入れたのです。

 私たちもみことばを後回しにして、自分の思いを優先するならば、神の御心に背くことになります。本来ならばウザのように神の怒りに打たれて死ななければならないでしょう。

 しかし、打たれたのはダビデではなくウザでした。ここに、この打たれたウザの姿は単にダビデの失策の犠牲者というだけでなく、私たちにとってはキリストの姿を思わせるものではないでしょうか。

 ですから、そのウザの犠牲によって悔い改めて、みことばに正しく従うことを選んだダビデの心は神への感謝と賛美に満たされたのでした。

 私たちも、私たちの不従順のために死なれた主イエスをあらためて覚え、感謝し、その思いを神にささげてまいりましょう。神はその素直な悔い改めと賛美を喜んでくださるでしょう。

 ダビデの良き理解者であるはずの妻ミカルは蔑みましたが、神はあなたの神への賛美を何よりも喜んでくださるのです。今日も私たちの罪を負って死なれたお方主イエスのゆえに罪赦された恵みに心からの感謝と賛美を捧げて参りましょう。