のりさん牧師のブログ

おもに聖書からのメッセージをお届けします。https://ribenmenonaitobaishikirisutojiaohui.webnode.jp/

受難節 第15日 金曜日

●コリント人への手紙 第二 13章3~9節

"こう言うのは、キリストが私によって語っておられるという証拠を、あなたがたが求めているからです。キリストはあなたがたに対して弱い方ではなく、あなたがたの間にあって力ある方です。
キリストは弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きておられます。私たちもキリストにあって弱い者ですが、あなたがたに対しては、神の力によってキリストとともに生きるのです。
あなたがたは、信仰に生きているかどうか、自分自身を試し、吟味しなさい。それとも、あなたがたは自分自身のことを、自分のうちにイエス・キリストがおられることを、自覚していないのですか。あなたがたが不適格な者なら別ですが。
しかし、私たちは不適格でないことが、あなたがたに分かるように、私は望んでいます。
私たちは、あなたがたがどんな悪も行うことのないように、神に祈っています。それは、私たちが適格であることを明らかにしたいからではなく、私たちが不適格な者のように見えたとしても、あなたがたに善を行ってもらいたいからです。
私たちは、真理に逆らっては何もすることができませんが、真理のためならできます。
私たちは、自分は弱くても、あなたがたが強ければ喜びます。あなたがたが完全な者になること、このことも私たちは祈っています。"

《メッセージ》

キリストは神の御子でありながら、もっとも弱いものとなってくださいました。どこまでも弱くなられました。いのちのパンご自身であるのに飢えてくださいました。生ける水であられるのに、渇いてくださいました。天地の主であられるのに、見捨てられ、蔑まれ、打たれてくださいました。

嘲られても十字架から下りることなく、身を任せられました。

受難節は、そのキリストの弱さを見つめるときでもあります。なぜなら、そのキリストの弱さの中に神の力がみなぎっているからです。

キリストは御父に信頼し通して、ご自分は無力でいることができます。私たちを愛し通して、ご自分を空しくすることがおできになるお方です。

今日もそのキリストと共に生かされてまいりましょう。

 

《祈り》

"神よ私にきよい心を造り揺るがない霊を私のうちに新しくしてください。
私をあなたの御前から投げ捨てずあなたの聖なる御霊を私から取り去らないでください。
あなたの救いの喜びを私に戻し仕えることを喜ぶ霊で私を支えてください。
私は背く者たちにあなたの道を教えます。罪人たちはあなたのもとに帰るでしょう。"
(詩篇 51篇10~13節より)