のりさん牧師のブログ

おもに聖書からのメッセージをお届けします。https://ribenmenonaitobaishikirisutojiaohui.webnode.jp/

◎2020年5月15日(金) 「富と知恵と軍事力」

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【列王記 第一 10章23~29節】

"ソロモン王は、富と知恵において、地上のどの王よりもまさっていた。
全世界は、神がソロモンの心に授けられた知恵を聞こうとして、彼に謁見を求めた。
彼らはそれぞれ贈り物として、銀の器、金の器、衣服、武器、バルサム油、馬、ろばなどを、毎年携えて来た。
ソロモンは戦車と騎兵を集め、戦車千四百台と騎兵一万二千人を所有した。彼はこれらを戦車の町々、およびエルサレムの王のもとに配置した。
王はエルサレムで銀を石のように用い、杉の木をシェフェラのいちじく桑の木のように大量に用いた。
ソロモンが所有していた馬は、エジプトとクエから輸入されたもので、王の商人たちが、代価を払ってクエから手に入れたものであった。
戦車はエジプトから銀六百、馬は銀百五十で買い上げられて、輸入された。同様に、ヒッタイト人のすべての王やアラムの王たちにも、王の商人たちの仲買で輸出された。"

 ソロモンは願い通りに、神から知恵が与えられ、また富も与えられて繁栄しました。他国とも和平を結び、いわゆる政略結婚によって、多くの妻を娶りました。そういう意味で、国としては安泰で、主がダビデに約束された契約が履行されていると言っても良いでしょう。

 しかし、いささか気になる記述があることに気づかされます。それは、軍事力の増強です。おそらく一般的には、平時にこそ備えるべきだと言うでしょう。

 しかし、神によって律法が与えられ、その掟に従って歩むことが求められ、そのように歩むならば、このような繁栄が保たれる契約がされているのであれば、ここで軍事力の増強は必要がないのではないでしょうか。

 特に、聖書は一貫して、軍事力は神への信頼のないことの表れであり、むしろへりくだって主により頼むことを求めています。

詩篇 33篇16~18節】
"王は軍勢の大きさでは救われない。勇者は力の大きさでは救い出されない。
軍馬も勝利の頼みにはならず軍勢の大きさも救いにはならない。
見よ主の目は主を恐れる者に注がれる。主の恵みを待ち望む者に。"
 

 人間となられた神、主イエスも徹底して力ではなく、貧しさ、弱さ、無力こそ、神の祝福、神の力の現れであり、そうである自分を認めよと教えられました。自分の力、誇り、誉れではなく、神の中にある愛ときよさに生きよと主は仰せられるのです。

 私たちも、この真理に気がつきたいと思います。本当の力は神にあり、私たちが備えるべきものは、平和を伝える履物であることを。

 平和、平安を求めることこそ、神の民、神の子どもとしての務めだからです。

【マタイの福音書 5章9節】

"平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。"

イザヤ書 52章7節】

 "良い知らせを伝える人の足は、山々の上にあって、なんと美しいことか。平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ知らせ、「あなたの神は王であられる」とシオンに言う人の足は。"