のりさん牧師のブログ

おもに聖書からのメッセージをお届けします。https://ribenmenonaitobaishikirisutojiaohui.webnode.jp/

2018-01-01から1年間の記事一覧

「イエスの出エジプト」 聖書箇所 マタイの福音書2章13~23節

序論 創世記1章で繰り返されていたフレーズを覚えているでしょうか。「夕があり朝があった」これは、ある意味、聖書全体の思想を表している言葉でした。朝があって夕ではない。光があって闇ではない。闇であったところに光が、絶望の中から希望が生まれる。…

「宝の箱をあけて」マタイの福音書2章1~12節

序論 今日、開いた聖書箇所には、二種類の人たちが登場します。一つはユダヤの王様のヘロデです。もう一つは東の国から旅を続けて来た博士たちです。 今日の箇所ではどちらの人も、同じことを言っています。博士たちは2節で「拝みにまいりました」と言ってい…

「恐れないで迎えなさい」 マタイの福音書1章18~25節

序論 この箇所からストーリー性のあるお話に変わっていきます。それがまさにクリスマスに深く関係する箇所ですが、これを記録したマタイと言う人は、あくまでマリアの夫ヨセフの視点でお話を進めます。それは、先週から見ているように、ダビデ王家の家系であ…

◎ レポート再考:教父学  「ヨアンネス・クリュソストモス」

初期キリスト教会の指導者の歩みは、単に古いだけでなく、現代を生きる教会に何かを教えています。以前も紹介した内容ではありますが、もう一度ヨアンネス・クリュソストモスを通して学びたいと思います。 1.生涯 ヨアンネスは4世紀の神学者、コンスタンテ…

「イエス・キリストの系図」マタイの福音書1章1~17節

序論 今日の系図は「イエス・キリストの系図」と書いてあります。 この系図というもとの言葉は歴史とか経緯と言う意味もありますので、イエス・キリストの歴史と読んでも良いわけです。すると、つまり新約聖書の一番最初にあるマタイの福音書から「イエス・…

◎ 「キリストに贖われて」白石教会 川﨑 憲久

「キリストは自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるため。その打ち傷のゆえに、あなたがたは癒やされた。」ペテロの手紙第一2章24節(新改訳2017) 私は幼い頃から、キリストという人が十字架…

◎ レポート:「キリストの名」

序論: 私たちにとって名前とは、大勢の中にある個を指定する、または判別する役割があります。また、名前はその個の存在や働きを表わす場合にも有効です。特に人間における名前は、その個々人の固有名詞としての名ばかりか、称号であったり階級であったりす…

◎アドヴェント特別聖書研究「闇に輝く大きな光」イザヤ書9章1、2節〜マタイ4章15、16節

"しかし、苦しみのあったところに闇がなくなる。先にはゼブルンの地とナフタリの地は辱めを受けたが、後には海沿いの道、ヨルダンの川向こう、異邦の民のガリラヤは栄誉を受ける。闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に…

◎「セムからアブラハムへ」創世記11章10~26節

2018年11月18日 白石教会礼拝 説教題 「セムからアブラハムへ」聖書箇所 創世記11章10~26節 序論 天地創造から始まった人類の歴史は、神様のことばに逆らってから、呪いが始まりました。その呪いによって人間は死ぬようになり、被造物もその影響を受…

◎レポート「余は如何にしてキリスト信徒となりしか」内村鑑三著

序) 私は、「余はいかにしてキリスト信徒になりしか」について、以前「余は如何にして基督信徒になりし乎」という題の古本を読みかけたことがあったが、文語体で訳されていたため、途中で断念した経緯がある。 内村鑑三という日本人の著書でありながら、原…

◎「全地に散らされる恵み」創世記11章1~9節

序論 先週は、人々が世界に広がったのは、ノアの祝福が広がるためだったということをお話しました。今日のお話は、それがどういうきっかけで広がることになったのかということについてです。 ですから10章のノアの祝福の広がりと思わせて、実はこんなこと…

◎講義ノート:聖霊論03(追加)律法の種類と三つの用法

著者:水草修治(日本同盟基督教団苫小牧福音教会牧師、北海道聖書学院教師・組織神学) (1) 律法の種類について 律法はその内容から、司法的律法・祭儀的律法・道徳律法に一応区別される。「一応」というのは区別しにくいものもあるという意味である。司法…

◎「幸いなるかな」 詩篇1篇       

序論 人は皆、幸せを求めて生きています。人は皆、幸せを感じたくて生きています。それはまだ得ていないからこそ求めていると言えるし、既に得ているがそれを継続させるか、若しくは更に高いレベルの幸せを得ようとする欲求です。 私も永らく仕事をしてきま…

聖霊論04 パウロの義認をめぐるNPPの議論

聖霊論04 パウロの義認をめぐるNPPの議論 著者:水草修治(北海道聖書学院教師・日本同盟基督教団苫小牧福音教会牧師) 序 ルター派・改革派の義認理解 ルター派のアウグスブルク信仰告白は、第4条「義とせられることについて」で次のように告白する。 「また、…

◎レポート「イスラーム文化」 その根底にあるもの 井筒俊彦著

概要 われわれ日本人が、イスラーム文化をどのような目で見、どのような態度でその呼びかけに応じていくのか。その上で、イスラームと言う宗教の性格、イスラーム文化の根源的な形を把握し、改めてイスラーム文化の枠組みとの新しい出会いの場を考えていく。…

「闇に輝く大きな光」イザヤ9:2〜マタイ4:15.16

序論 この節の中心テーマは闇に光が輝くという希望である。その理由は、闇の中で見る大きな光、死の陰の地の上に輝く光に現わされる神の恵みによる救いが比喩的に示されているからである。ゆえにこのイザヤ書における9:2の役割としては、9章前半自体がそう…

◎【要約と感想】「霊感についての教会の教理」ジェフリ・W・ブロミリー著 舟喜順一訳

序 教会の霊感の教理は、聖書自体の自己証言を出発点としており、それは聖書が神のことばであるという理解と無謬性への信頼において成立している。聖書でいう霊感とは、それは聖霊の働きであり、必然的に神的起源と権威から生まれている。霊感は、人間の精神…

◎ 【要約と感想】 「現代の霊感論」 R.A.フィンレイソン

序論) 現代の神学界の状況は、聖書に神の権威を与えず、私たちに影響を与える超自然的霊感は認められていない。それは教会が培ってきた歴史的信仰からの離反があるからである。その思想は、人間の経験と啓蒙の権威をもって聖書の権威に代えるという、神が私…

◎特集「旧約聖書に見るイエスと神の御国について」

序)主イエスは、主の祈りの中で「御国が来ますように」と祈られた。この祈りは、果たして新約においてのみ有効なのだろうか。いや、そうではない。天地創造から黙示録まで貫かれた神の偉大な計画の完成を願うという、人類の救済とそこから召された者の使命…

「契約を思い出される神」創世記9章1〜17節

序論 今日の箇所からは、新しい世界での生き方を学びます。それで今日は大きく二つに区切って読みたいと思います。 きょうの説教の一つ目のポイントは、(1~7節)前回の礼拝を受けての「神様からの祝福」について聞いていきます。二つ目には、(8~17節)「…

◎ローマ人への手紙 アウトライン

【参考文献】安田吉三郎「ローマ人への手紙」『新聖書講解シリーズ6』(いのちのことば社, 1996年)、尾山令仁「ローマ教会への手紙」(羊群社, 1990年)、泉田昭「ローマ人への手紙」『新聖書注解新約2』(いのちのことば社, 1981年)、ロバート・リー著「輪郭的…

◎特集:教父「ヨアンネス・クリュソストモス」

1.生涯 ヨアンネスは4世紀の神学者、コンスタンティノープル大主教、キリスト教会最大の説教家として知られる。聖書解釈学者としては、アレクサンドリア学派の比喩的、思弁的解釈を退け、アンティオキア学派の伝統を踏まえて字句通りの解釈を主張した。聖…

◎特集レポート:制度によらない「一つの教会」(舟喜 信著)

【要約】 A. 序論 新約聖書におけるキリスト教会は、「制度によらない一つの教会」を歴史的事実として表している。しかし、それは多くの主の教会を結び合わせる外的な組織がなかったということで、必ずしも当時の各地域教会にまったく組織的な営みがなかった…

「情欲の問題」コリント人への手紙 第一7章1〜9節

1,さて、「男が女に触れないのは良いことだ」と、あなたがたが書いてきたことについてですが、2,淫らな行いを避けるため、男はそれぞれ自分の妻を持ち、女もそれぞれ自分の夫を持ちなさい。3,夫は自分の妻に対して義務を果たし、同じように妻も自分の夫に対…

◎特集:北海道キリスト教史「ピアソン宣教師」

1.生涯 ジョージ・ペック・ピアソン(George. Peck. Pierson)は1861(文久元)年、アメリカのニュージャージー州エリザベス市に、牧師の子として生まれた。1888(明治21)年に宣教師として来日し、東京の明治学院で教えた後、千葉の中学校を経て、1894年(…

◎特集:キリスト教倫理「キリスト者と戦争についての考察」

序論 日本では、ほとんどのキリスト教会は平和主義に立つと言ってよい。それは先の大戦における罪、不甲斐なさへの反省と悔い改めの上に立つからである。ゆえに昨今、憲法改正や集団的自衛権に関する問題に対して、多くの教会が危機感を覚え、政府の戦争に向…

◎特集:教父 「ユスティノス」 

1.生涯 ユスティノスは、紀元2世紀の教会教父であり、護教教父といわれるキリスト教会最初期の神学者。その生涯の詳細は、主に彼の著作に基づいたものである。ユスティノスは、AD100年、使徒ヨハネが死んだ頃に、北イスラエルに位置するフラウィア・ネアポ…

「主に伺ったのに」士師記20章17〜35節

士師記 20章17~35節 神様に祈るときはどういうときでしょうか。食事前、受験前、手術前、困ったことが起きたときなど、何かの前や問題の渦中にあるときに熱心に祈ることが多いのではないでしょうか。でも、それ自体が悪いわけではありません。どんな時でも…

◎教会教育レポート 「キリスト教の教育についての考察」

「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのこ…

「主のもとに集まったのに」士師記20章1〜16節

士師記20章1〜16節 一人のレビ人が行ったことはどういう意味があるのでしょうか。19章において、自分が愛していたはずの側女をベニヤミンの地に住むギブアのよこしまな者たちに渡して暴行の後に死なせてしまい、更にはその遺体を12部族分に切り分けてそれぞ…