日本メノナイト 白石キリスト教会

おもに聖書からのメッセージをお届けします。

偶像を徹底的に破壊する

歴代誌 第二 31章1~4節

"これらすべてのことが終わると、そこにいた全イスラエルはユダの町々に出て行き、石の柱を打ち砕き、アシェラ像を切り倒し、ユダ全土とベニヤミン、またエフライムとマナセの中にある高き所と祭壇を徹底的に壊した。

 

そして、すべてのイスラエルの子らは、それぞれ自分の町、自分の所有地へ帰って行った。


ヒゼキヤは祭司とレビ人の組を定め、祭司とレビ人それぞれの組ごとに、その奉仕にしたがって全焼のささげ物と交わりのいけにえを献げさせ、さらに、主の宿営の門で仕え、告白し、賛美させた。


また王は、全焼のささげ物のために、自分の財産から自分の分を出した。すなわち、主の律法に記されているとおりに、朝夕の全焼のささげ物、また安息日新月の祭り、例祭ごとに献げる全焼のささげ物をした。


さらに彼は、エルサレムに住む民に対して、祭司とレビ人の受ける分を与えるように命じた。祭司とレビ人が主の律法に専念するためであった。"

  ヒゼキヤ王は国内の偶像を徹底的に壊したとあります。これまでユダ王国において、ここまで徹底的に偶像崇拝をやめて、偶像を破壊して、礼拝を整えようとしたのは初めてです。

 しかも、レビ人、祭司たちが律法に専念できるように配慮しています。

 礼拝を大切にするヒゼキヤの宗教改革は、現代の教会にも重なります。それは、私たちの教会においても、何を大切にするかで、教会としての行動が定まってくるからです。

 初代教会時代になって、配給の問題が起こり、使徒たちが祈りとみことばの働きに専念できるように7人の執事たちを選んだ出来事はまさに、そのことです。

 彼らにとっての優先課題は、食事の配給の問題によって、使徒たちが祈りとみことばに専念できなくなり、そのことで礼拝に影響が出ることでした。

 だから、彼らの求めていたのは、まず礼拝であり、礼拝に影響が出ないようにすることだったのです。その結果、教会スタッフが立てられることになり、教会として使徒だけに依存せず、分担してことにあたる工夫につながったのです。

 私たちも、ヒゼキヤのように、また初代教会の人たちのように、まず礼拝を大切にすることを優先したいと思います。そのためには何をしなければならないか。それは、祈りとみことばの働きに牧者が専念できるように配慮することです。

 それが、真の意味で目に見えない偶像を壊すことになり、私たちの中から偶像崇拝が取り去られていくのです。

 

 その結果どんなことが待っているでしょうか。それは、救われるべき魂の獲得です。

"こうして、神のことばはますます広まっていき、エルサレムで弟子の数が非常に増えていった。また、祭司たちが大勢、次々と信仰に入った。"
使徒の働き 6章7節