のりさん牧師のブログ

おもに聖書からのメッセージをお届けします。https://ribenmenonaitobaishikirisutojiaohui.webnode.jp/

受難節 第三主日

●ペテロの手紙 第一 1章5~9節

"あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりの時に現されるように用意されている救いをいただくのです。


そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。今しばらくの間、様々な試練の中で悲しまなければならないのですが、

試練で試されたあなたがたの信仰は、火で精錬されてもなお朽ちていく金よりも高価であり、イエス・キリストが現れるとき、称賛と栄光と誉れをもたらします。


あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに躍っています。


あなたがたが、信仰の結果であるたましいの救いを得ているからです。"

《メッセージ》

  信仰者には試練があるとペテロがはっきり言っています。しかし、その信仰の試練とは、精錬され純度が増した金よりも尊いというのです。

 しかし、試練の渦中にいるときは、その価値には気がつかないものです。経験する苦難が辛くて悲しくて、耐えることが大変困難に思えるほど、心も身体も打ち砕かれるからです。

 それでも、ペテロはクリスチャンたちに、この希望を伝えなければなりませんでした。それは、私たちはイエス・キリストによって既に贖われており、それゆえに、この世での苦しみは、苦しみだけで終わるものではなく、悲しみも悲しいだけで終わるのでもないからです。

 それは、主イエスご自身が十字架という呪われた木にかけられ殺されたことが、すなわち私たちに救いをもたらしたからです。

 主イエスはかつて山上の説教で、心の貧しい者は幸いだと言われました。それは、本来ならば矛盾したメッセージだと言わねばならないでしょう。

 しかし、キリストはその逆説的な、アクロバットのような方法で私たちに救いをもたらし、世の常識をくつがえす奇蹟が起こったのです。

 

貧しい者にこそ、神の祝福が訪れる、罪人にこそ赦しが与えられる、悲しんでいる者にこそ慰めが与えられる。だから、挫けてはならない。絶望してはならない。主の十字架は、敗北のしるしであった十字架刑を世界で最も聖なる救いのしるしとしたからです。

 

もはや、主イエスを信じる者に敗北はありません。絶望もありません。

 

パウロは、そのようなクリスチャンの不思議さを、こう述べています。

 

"私たちは神とともに働く者として、あなたがたに勧めます。神の恵みを無駄に受けないようにしてください。
神は言われます。「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日に、あなたを助ける。」見よ、今は恵みの時、今は救いの日です。
私たちは、この務めがそしられないように、どんなことにおいても決してつまずきを与えず、
むしろ、あらゆることにおいて、自分を神のしもべとして推薦しています。すなわち、苦難にも苦悩にも困難にも、
むち打ちにも入獄にも騒乱にも、疲れ果てた時も眠れない時も食べられない時も、大いなる忍耐を働かせて、
また、純潔と知識、寛容と親切、聖霊と偽りのない愛、
真理のことばと神の力により、また左右の手にある義の武器によって、
また、ほめられたりそしられたり、悪評を受けたり好評を博したりすることによって、自分を神のしもべとして推薦しているのです。私たちは人をだます者のように見えても、真実であり、
人に知られていないようでも、よく知られており、死にかけているようでも、見よ、生きており、懲らしめられているようでも、殺されておらず、
悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持っていないようでも、すべてのものを持っています。"
コリント人への手紙 第二 6章1~10節

 

 このパウロのメッセージは、前述のペテロの手紙のこの言葉に繋がる言葉でしょう。

「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに躍っています。」

 

 主を信じる私たちには、もう神の子の血が流れ、御子のいのちが溢れているので、悲しみを喜びに、苦しみを感謝に変えるほどの爆発力があるのです。それを栄えに満ちた喜びに躍っていますと、ペテロは、私たちクリスチャンを、苦しみの中にある、変わらない喜びの人生の現実に向き合わせているのです。

 

 今日も、既にいただいている喜びを味わいましょう。あなたの目を主イエスに向け、その心を主の十字架の上に釘付けにしましょう。そのとき、あなたの心におられる御霊があなたの心をキリストにあって豊かに豊かに満たしてくださることでしょう。

 

《祈り》

"主よ立ち上がってください。神よ御手を上げてください。どうか貧しい者を忘れないでください。
何のために悪しき者は神を侮るのでしょうか。彼は心の中であなたが追及することはないと言っています。
あなたは見ておられました。労苦と苦痛をじっと見つめておられました。それを御手の中に収めるために。不幸な人はあなたに身をゆだねます。みなしごはあなたがお助けになります。
悪しき者と邪悪な者の腕を折りその悪を探し出して一つも残らないようにしてください。
主は世々にわたって永遠の王。国々は主の地から滅び失せました。
主よあなたは貧しい者たちの願いを聞いてくださいます。あなたは彼らの心を強くし耳を傾けてくださいます。
みなしごと虐げられた者をかばってくださいます。地から生まれた人間がもはや彼らをおびえさせることがないように。"
(詩篇 10篇12~18節より)