のりさん牧師のブログ

おもに聖書からのメッセージをお届けします。https://ribenmenonaitobaishikirisutojiaohui.webnode.jp/

◎ 「テラの一生」 :創世記11章27~32節

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序論
  アブラハムは、キリスト教だけでなく、ユダヤ教イスラム教においても重要な存在です。それは、いずれも旧約聖書を使っているからです。日本人にはあまり知られていないと思います。私も教会に通うようになるまで知りませんでした。でも世界規模で見ると超有名人です。
  この創世記を書いた人は、アブラハムという人を意識して創世記を書いたと思われます。前回までの「セムの歴史」も、どんどんアブラハムに近づいている感がありました。それはアブラハムを指差していたからです。そして、先週まで読んでいたマタイの福音書も、イエス・キリスト系図の最初にアブラハムの名前を記しています。それは、イエス・キリストは、誰もが知っている、あのアブラハムの子孫だということです。
  今日から、そのアブラハムの生涯を通してみことばに聞いていきたいと思います。その突破締めが「テラの歴史」です。それで、今日のメッセージとしては、まず①アブラハムの父テラという人について考えたいと思います。そして、次にその②テラ一家に起こる不幸について。最後に、その③不幸から祝福の道へということを、ともにみことばに聞いてまいりましょう。

 

1.アブラムの父テラ
 アブラハムという名前は、あとで神様によってつけられた名前です。このときはまだアブラムという名前でした。アブラムという名前は「父は高い(高貴だ)」、とか「父は愛する」または「彼は父を愛する」という意味で、聖書を見てもアブラハムのもともとの名前として出てくるだけです。この名前を見るだけでの解釈ですが、お父さんのテラという人はアブラムをこよなく愛していたと言えるかも知れません。または、私たち新約の信仰者から見ると、天の父から愛されていた人であったと見ることもできます。なぜならば、アブラハムの選びというものは、新約の私たちクリスチャンの選びと繋がっているからです。
 それは救いは行いではなく恵みだということです。それはノアの箱舟のノアもそうでした。彼は主の目にかなっていたと聖書に書いてありましたが、それは主の顔の前に恵みを受けたという意味です。あくまで救いの主権は神様にあり、その選びの基準が私たちの行いではないということです。
 アブラムもそうでした。アブラムが選ばれたその理由が決して行いではないということを、このアブラムの父テラとその家族を通して知ることができます。
 テラという人は、メソポタミヤにあるウルという町に住んでいました。当時の町というのは、都市国家のかたちをとっていて、町そのものが一つの国のような時代です。しかし、その地域一帯の信仰状態は、唯一の神である主ではなく、多くは月を神とする多神教を信仰していたことが、考古学的な調査でわかっています。
 最近の科学では、多神教から一神教が生まれたと言われています。しかし、それは進化論的な考え方、合理主義の影響を受けた考え方です。でも聖書はその逆です。もともと唯一の神である主がおられて、その主に造られた人間が罪を犯した結果、神でないものを神とするようになったと聖書は言います。しかも、人間は自分の欲望を制御できなくなりましたので、その欲望の数だけ偶像をつくるようになったのです。ノアの箱舟以降、神様はセム一族を祝福して、その歩みを導いていたはずですが、やはり罪人からは罪人しか生まれません。
 このテラ一家が住んでいたウルという町も例外ではなく、すでに偶像崇拝が当たり前の地域となっていました。
では、テラ一家自体はどうだったのでしょうか。あのアブラハムを生み出した家族なのだから、さぞや立派な信仰者の家に育ったに違いない。そういう理解があると思います。蛙の子は蛙と言います。よくも悪くも、その親に似て子は育つものです。だからアブラハムの父テラも立派な信仰者だったと思いたいです。
 しかし、どうでしょう。聖書は正直です。あの信仰の父と呼ばれたアブラハムの家族なのだから、良いことばかり書いてあると思いきや、そうではないのです。このテラの信仰については、同じ旧約聖書ヨシュア記というところで、神様のことばとしての証言があります。
ヨシュア記24:2「イスラエルの神、主はこう仰せられる。『あなたがたの先祖たち、アブラハムとナホルとの父テラは、昔、ユーフラテス川の向こうに住んでおり、ほかの神々に仕えていた。』」
 アブラハムの父テラは、ほかの神々に仕えていたと言われています。そうです。テラ一家は、その当時の他の家と同じように、唯一の神である主ではなく、「ほかの神々に仕えていた」のです。ここに「神々」と書いてあるからと言って、他に神々がいるわけではありません。言葉を補うなら、複数の神でないものを神として拝んでいたということです。
 このあたりは、日本人の私たちに似ているなと思います。皆さんの家はどうでしょうか。昔から先祖代々クリスチャンファミリーという方はいらっしゃるでしょうか。
 私の家は、もともとは浄土真宗です。祖父は南無阿弥陀仏のお経を読むことを得意としていたほど、親鸞聖人が大好きでした。親戚の家にいくと、一応親鸞聖人の御親筆と言われる古い書があるくらい親鸞が好きです。
 そのような家の中でクリスチャンが生まれるのは確立何パーセントでしょう。それは奇蹟に近いです。それは皆さん自身も同じではないかと思います。この日本と言う、まさに様々なものを神として拝むことがスタンダードな宗教意識の中からクリスチャンが起こることは、石ころからアブラハムの子孫を生み出すのと同じくらい、人間には不可能なことです。
 テラも信仰の父アブラハムの父親だからと言って、主を信じる特別立派な信仰者ではなかった。むしろ偶像崇拝者だったのです。

 

2. 不幸の連続の中で
 このように、アブラムの家庭には信仰的な問題がありました。それで、ここからは、さらにどんな問題が、このテラ一家にあったのかをみていきましょう。
 テラにはアブラム以外にもナホルとハランという兄弟がいました。彼らはテラが70歳のときに生まれたと26節に書いてあります。アブラム、ナホル、ハランと書いてあるので、アブラムが長男だと思うのは要注意です。メッセージの冒頭でもお話したように、この創世記が指差すものはアブラハムです。だから、アブラムが筆頭なのはそのためです。また彼らは三つ子ではありません。テラが70歳のときに、いっぺんに全員が生まれたのではないのです。だから誰が長男か次男かなどはわかりません。
 いずれにしてもテラにとってこの三兄弟は矢筒の中の三本の矢と同じです。当時の男性優位の世界にあって、テラ一家の展望は明るかったのではないでしょうか。しかし、この三兄弟の中で問題が起こります。
28節。「ハランはその父テラの存命中、彼の生まれ故郷であるカルデヤ人のウルで死んだ。」
 テラ一家に悲劇が起こりました。三人の兄弟のうちハランが死んだのです。それが病気なのか事故なのかはわかりません。どちらにしても、家族が死ぬ、特に親にとっては子どもが先に死ぬことはあってほしくないことのナンバーワンです。また、アブラムやナホルにとっても、兄弟が死ぬことは何ともいえない悲しみです。
   私にも兄弟がいます。下に弟がいます。以前は上に姉がいました。以前、皆さんにもお話した記憶がありますが、私の姉は、28年前に死にました。当時27歳の姉は二人の小さな子どもを残して逝ってしまいました。
 自殺でした。理由はわかりませんが、あるとき急に倒れて、当時暮らしていた岐阜県内の病院に入院したのですが、その病院の屋上から飛び降りたのでした。即死ではありませんでしたが、しばらくの昏睡状態のあと息を引き取ったのです。そのとき、私も弟として悲しかったのですが、やはり母がもっとかわいそうでした。姉が倒れたという知らせを聞いて、すぐに飛行機に乗って様子を見に行こうとしていた矢先に、飛び降りたという知らせを受け、その後間もなく死亡の知らせが来たのです。姉の様子を見に行こうとしていたその母の足が、間に合わず、葬儀に向かう足になってしまった。その母のことを思うと実に悲しいです。
 テラもそうだったと思います。聖書は淡々と記していますが、このみことばの背景にはテラの悲しみ、そして家族の悲しみがあったことを察することができます。
 そのハランには息子のロトがいました。また娘のミルカとイスカがいました。
29節。「アブラムとナホルは妻をめとった。アブラムの妻の名はサライであった。ナホルの妻の名はミルカといって、ハランの娘であった。ハランはミルカの父で、またイスカの父であった。」
 アブラムはサライという女性と結婚しました。彼女は、ここには書いていませんがテラにいたもう一人の妻の娘でした。つまりアブラムにとっては異母兄妹です。ミルカは父ハランの兄弟であるナホルと結婚しました。イスカのことはわかりません。
 そのような、悲しみを経験したテラ一家でしたが、問題はそれだけではありませんでした。
30節。「サライ不妊の女で、子どもがなかった。」
 記されているテラ一家にとってのもう一つの問題は、残された息子の一人であるアブラムの妻が不妊だったということです。女性が子どもを生めないということは、当時の世界では価値がないと見なされていました。この思想を聖書が推奨しているわけではありません。むしろ女性を神様が憐れむからこそ、このサライの存在がクローズアップされていると言っても良いと思います。しかし、偶像崇拝者の彼らにとって、女性を尊ぶという思想はまだなかったと思われます。現代でも、女性は子どもを生まないと価値がないような発言を平気でする政治家がいます。科学や文明が進んでいるとは言っても、人間の罪深さはこのアブラハムの時代から4000年間変わっていません。
 テラ一家も当時の価値基準の中で、そのレッテルを張られ、その価値基準で悲しみを味わったと思います。これはテラとしてはさらに一家断絶の危機感が益々この家族を覆ったことになります。ナホルがハランの娘ミルカと結婚したのは、何とかテラ一家としていのちの絆が続くことを願ってのことだったかも知れません。しかしサライ不妊の女性だったことは、後継ぎの希望の灯火がハランに続いてまた一つ消えていった。そう言えるのではないでしょうか。きっと、晴れている日でも曇りに思うような精神状態。そのとき信仰している神々にいくら拝んでも心が晴れない。そんな状態がテラの家に続いていたことでしょう。

 

3.  不幸から祝福の道へ
 ここで、テラ一家に転機が訪れます。
31節「 テラは、その息子アブラムと、ハランの子で自分の孫のロトと、息子のアブラムの妻である嫁のサライとを伴い、彼らはカナンの地に行くために、カルデヤ人のウルからいっしょに出かけた。しかし、彼らはカランまで来て、そこに住みついた。」
 テラ一家は、アブラムとその妻サライ、そしてロトを連れて引っ越すことにしました。どうして、急に引っ越すことにしたのでしょうか。しかも、ウルという町の周辺ではなく、遠くカナンを目指して旅立つというのは、どうしてなのでしょう。
 このテラ一家が旅立つことについては、新約聖書で解説があるので見てみましょう。
使徒7:2~4 そこでステパノは言った。「兄弟たち、父たちよ。聞いてください。私たちの父祖アブラハムが、ハランに住む以前まだメソポタミヤにいたとき、栄光の神が彼に現われて、『あなたの土地とあなたの親族を離れ、わたしがあなたに示す地に行け。』と言われました。そこで、アブラハムはカルデヤ人の地を出て、ハランに住みました。そして、父の死後、神は彼をそこから今あなたがたの住んでいるこの地にお移しになりましたが・・・」
 ステパノの解説によれば、栄光の神が現われたと言われています。しかも、テラにではなくアブラハムに現われたのです。ですから、アブラムがいつから真の神を信じていたのかはわかりませんが、アブラムと神様の接点の一番最初は、偶像の町ウルにおいてであるということになります。 
 唯一の神である主が特別にアブラムに現われて、おそらくそのことをテラに告げた。テラは不幸の中にあって、息子アブラムに現われた主というお方に一途の希望を持ち、その息子を通して聞いた神の約束を信じて、旅立つことを決意したのではないでしょうか。
 ただ目的地がカナンだということはまだ示されていませんでした。31節にある「カナンの地に行くために」とは、おそらく創世記の記者がこれを書くときには、既にイスラエルが、カナンの地を約束の地と示されていた背景で書いていたので、あえて最終的なゴールまで記したのでしょう。だから、やはり彼らにはどこへ行くのかを決めていない状況で出発したと思われます。
 いずれにしても、このときテラ家族が落ち着いた場所はカナンではなく、ハランという町でした。
 そのハランでテラは死にました。享年205歳でした。それまでの先祖たちに比べると早死にです。でも、私たちからするとかなり長寿です。この死を見て、またテラの一生を振り返って、彼の一生はいったいどんな一生だったのでしょう。不幸な人生だったでしょうか。それとも幸せな人生だったでしょうか。
 私は、今回、この箇所からみことばを何度も読んで備えている中で、やはりテラは幸せな人生だったのではないかと思うのです。確かに、息子が死んで悲しい思いをしました。また、アブラムの妻サライ不妊の女で、後継ぎができないというがっかり感もあったかも知れません。しかし、息子アブラムに主が現われてくださり、その言葉を信じて思いきって旅立つことを選んだ。そこに、彼の幸せへの第一歩があったと思うのです。信仰というにはまだ幼い、初心者、求道者のような荒削りの信仰だったかも知れません。しかし、不幸に覆われていた思いから、一歩前へ進むために、神のことばに聞こうとした。ここに、真の幸せが待っている。いや、そこから始まったのです。

 

結論
 私も今、幸せです。何が幸せなのか。それは、日本的な仏教や神道の常識の中で生まれ育ちながら、今、こうやってイエス様を信じることができて、その救いの中を歩ませていただいているからです。私の歴史にイエス・キリストが入ってくださった。私の人生がキリストによって、キリストの歴史に組み込まれた。でもそれが今の私の歴史、私の人生になったのです。そして、日々神のことばに聞き、そのみことばから明日への一歩を踏み出すチャレンジが与えられる。
 確かに苦労はあり、悲しみを経験することもあります。しかし、今、キリストを信じ、このお方を愛する人生は本当に幸せです。
  テラの歴史。本当は「アブラハムの歴史」と言ってよいはずなのに、主はあえて聖書に「テラの歴史」と記録しました。テラにとって、これは非常に光栄なことではないでしょうか。
 聖書でテラは無名の人かも知れません。しかし、主はアブラハムを通して、みことばを与え、みことばを信じて一歩踏み出すテラを祝福し、その子孫からイスラエル民族を生まれさせ、救い主を世に与える一族として用いられたのです。
 あなたも、この日本と言う国で救われたこと、またこのように教会に来て礼拝していることは、このテラと同じ祝福の道にあるということです。では、ここから次に何をすべきか。それは、主のことばを信じて一歩踏み出すということです。その一歩を主が必ず祝福してくださるからです。その祝福はあなたの一生だけで終わりません。あなたの家族にも、そしてあなたの友達にも広がっていくからです。


祈り

  神様。私たちが今こうしてあなたのものとされていることは奇蹟です。狭い門から入りなさいとイエス様は言われましたが、そこから入る者がまれであるはずなのに、そのまれな中に私たちを入れてくださって感謝します。どうかテラがアブラムを通してあなたのことばを信じて新しい生き方へ踏み出したように、私たちもあなたのことばを信じて、あなたに日々従う道を進むことができるように導いてください。残念、不幸と思われる中にあなたの祝福を味わうものとならせてください。どうか、主を信じる第一歩を与えてください。その一歩から家族、隣人にも祝福が及ぶ主の道を歩ませてください。